失敗しない会社経営 その2・中小企業が使える管理会計②入門編

②入門編として、よく知られている「損益分岐点」(cf.CVP分析(Cost-Volume-Profit))についてご案内する。

最初に理論的な内容に触れてから、それでは実務的に中小企業としてどのように損益分岐点を求めていったら良いのか、さらにそこからの学びについても触れてみたい。

1)損益分岐点とは

損益分岐点(BEP=Break Even Point)とは、「売上高と総費用とが一致し利益がゼロになる点」をいう。

ここでの「総費用」とは、

  総費用 = 変動費 + 固定費

のことであり(注:変動費と固定費は2)にて解説)、
つまり損益分岐点とは、

 利益 = 売上高 - 総費用
    = 売上高 - (変動費 + 固定費)
    = 0

となる点である。

この損益分岐点を求めることは、経営していく上での意思決定などに有用な指標を得られる機会となりうる。以下にその主な効用についてまとめる。

[主な効用]なぜ、損益分岐点を求めるのか?

・“大体、これだけ売上げれば黒字になる”という目安が分かる(最低限の目安)
・目標利益を稼ぐための売上高目標の目安が分かる
(短期利益計画)
・おおまかな改善点の方向性が分かる
(過年度CVP分析による評価)

下記が損益分岐点を求めるための算式である。

損益分岐点 = 固定費 ÷ 限界利益率

尚、限界利益率とは

限界利益率 = 限界利益 ÷ 売上高
      = (売上高 - 変動費) ÷ 売上高
      = 1 - 変動費 ÷ 売上高
      = 1 - 変動費率

として表わすことのできる1つの重要な指標である。

例えば、

A社:変動費率 70%(限界利益率 30%)、年間固定費 6,000万円
B社:変動費率 75%(限界利益率 25%)、年間固定費 6,000万円

という場合には、

A社の損益分岐点 = 6,000万円 ÷ 30% = 2億円
B社の損益分岐点 = 6,000万円 ÷ 25% = 2.5億円

となる。

つまり、A社は大体年間2億円より多く売り上げないと黒字にはならず、B社は大体年間2.5億円より多く売り上げないと黒字にはならないことが分かるのである。

また、両社ともに年間固定費額は同じであるものの、B社はA社に比べて限界利益率が5%低いことによって、A社よりも5,000万円多く売り上げなければ黒字にすることができないことを意味しているのである(B社はA社よりも稼ぐ力が弱いまたは効率性が悪いとも言える)。

皆さまの会社の損益分岐点はいくらになるだろうか?

大体同じくらいの規模の同業種の平均に比べて、損益分岐点は高くないだろうか、低くないだろうか?

また、ここでは入門編のため具体的な計算方法は割愛するが、例えば当期の利益目標を1,000万円稼ぎたいとした場合には、いくら以上売上げることが当期の目安となるのだろうか?

2)中小企業における実務的な適用方法

実務上の最大のポイントはたったこれだけ、

「変動費」と「固定費」を知ること(表1:変動費と固定費を参照)

である。

変動費が分かればおのずと「限界利益率」が分かるのである

では、どのようにして自社の「変動費」や「固定費」を知れば良いのだろうか?

専門的にはこの「変動費」と「固定費」を知る作業を「固変分解(こへんぶんかい)」と呼んでいる(管理会計上の用語)。

まずは入門編を意識したところで、簡便的な「固変分解」について、簡単な業種別にご案内する。

【販売業、飲食業】
主な変動費は仕入や資材費が該当、その他はすべて固定費。

【製造業、建設業】
主な変動費は材料や外注加工費が該当、その他はすべて固定費。

かなり粗っぽい固変分解となるが、“まだ管理会計に取り組まれていないような中小企業”であれば、まずはこの程度から自社の管理会計をスタートしてみると良いだろうと思う。

それは、そもそも何も分析や評価など行わずに自社の指標も知らずに経営されるよりも、取り合えず分かりやすいところから手を付けて興味を持ってみることが大切ではないかと思っているからである。取り合えず興味を持ってみて、それで分からなければ会計事務所なりの専門家に聞けば良いだろう(まずはやってみるからこそ、何も分からないではなく、分かるためにどうしたらよいかというスタンスを持つことができる)。

変に難しいことから取り組まれるよりも、“なんとなく感覚が掴める!”程度の入り口から入ってみて、面白いな、もっと知ってみたいな、という感触を大切にされるほうがその後の習慣化には結び付きやすいのではないかと思うのである。

さて、このような粗っぽい固変分解であっても、そもそもの損益分岐点(CVP分析)そのものが“概算”でしかなく、あくまでも“目安としての大体の指標”程度の利用価値として留めておくことは重要であるものの、もう少し深掘りした固変分解についてもご紹介しておくことにする(実はこの“深掘りしていくアプローチ”そのものが、経営に客観的な基準をもたらしその後の組織運営に役立つ“自社ならではの管理会計”が構築されていくスタートとなっていくのである)。

上述のとおり「変動費」と「固定費」に分けることがポイントだと申し上げたが、実際的には“変動費っぽいもの”や“固定費っぽいもの”が入り混じっているものと思われる。

それらを「準変動費」とか「準固定費」とか呼んだりするのだが、利用するしないに限らず一定額が掛かる上でさらに利用するごとに従量課金されるような費用とか、ある枠までは定額だが次の枠になると値上がりした上での定額になりさらに次の枠になるとさらに値上がりした上での定額になるような費用など、そういったものがこれらに該当する(水道代や電気代、スマホなどの通信料などが該当)。

実務的にこれらをどのように固変分解するかと言うと、その会社ごと、または営まれている事業・業態ごとに確認・観察・評価を行い、細かな部分については「エイヤー」で決めていくのである(売上や主要な変動費に対して、あまりにインパクトに欠けるような金額での準変動費や準固定費などは、実務的にはすべて固定費に含めてしまう、が最も早く簡便的であると言える)。

[実務上での固変分解ポイント]

・“売り上げられる”までのプロセスを確認(業種・業態によってかなり異なる)
・契約や見積もりの内容とプロセスを確認
(特殊契約や請負内容などへの注意)
・会計を利用した観察
(直接原価計算要素を用いた売上基準による変動損益との整合)
・直近実績の評価

尚、管理会計としての主な「固変分解」の手法は

 ・勘定科目精査法
 ・高低点法
 ・スキャッター・チャート法
 ・最小自乗法

などがあるので、興味があれば検索してみてほしい。

我々としては、[実務上での固変分解ポイント]に記したような流れを汲むことによって、そもそもの“管理会計を導入していない状態”から“導入して活用していく状態”を目標に取り組んでいる。実際的なデータなどが得られれば最小自乗法などを活用し確認する手続きを踏むこともあるのである。

皆さまの会社における変動費や固定費は把握されているだろうか?

「売上に対して7%ほどをロイヤリティや紹介料として支払っている」場合などは、これらも変動費に該当するのでお忘れのないように。

3)入門編からの一歩前進(学び)

今回、入門編として採り上げた「損益分岐点(CVP分析)」について、利用者を中小企業に想定しその実務も含めた上での更なる学びのポイントを最後に簡単にまとめておきたい。

[ポイント1]分析の一環となるため、必ずその評価や考察を行うと良い

多くの場合、損益分岐点を求めることによって“黒字になる最低ラインを知ることに役立てている”と思われるが、それだけに留めるのではなく活用して欲しいのである。

例えば、期首時点で求めていた損益分岐点とほぼ同額の実績売上高を達成したとしても、実際的には利益ベースでは赤字になっていたり、または黒字になっていたりするはずである。

では、なぜ赤字になったり黒字になったりしたのか、これこそが分析を通して学びに変わる重要なプロセスとなるのだと思う。

例えば赤字になっていた場合に、一般的に原因として挙げられるのは、

・限界利益率が下がっていた(=変動費が想定よりも大きかった)
・固定費が想定よりも膨らんでいた

などではないだろうか。

さらにこの結果を受けて深掘りしてみると、例えば、

・変動費が想定よりも大きかったのは、販売する時点での値引きが大きかったから
・変動費が想定よりも大きかったのは、材料の仕入単価が前期よりも上がっていたから
・固定費が想定よりも膨らんでいたのは、予定していなかった広告宣伝費をかけたから

など、さらに具体的なその原因へとアプローチすることができる。

このようなアプローチを経たうえで、ではこれらの原因を生じさせた更なる原因とは何か、また、これからどのような経営努力・経営改善を成すべきかを検討する、という流れを作ることができるのであって、このような一連を「経営管理」とか「経営サイクル(PDCAサイクル)」と呼ぶのである

[ポイント2]会計そのものの見直しを図る機会にもなる

あくまでも“全社的な分析”を今回は行っているが、例えば、全く原価率や単価の異なる製品や商品を複数種類販売していたり、別業種や別業態でいくつか事業を行っていたりする場合には、それらの組み合わせによって損益分岐点は大きく変わる可能性があるのだ。

特に、変動費率や限界利益率が大きく異なる事業を2つ以上行っている場合には、それぞれの事業における固変分解などを挟んだ上でのCVP分析が必須となってくるのである。

前回コラムの繰返しになってしまうが、税金を主眼に置いた税務会計では、あくまでも税金を負担する主体は会社そのものなので、全社的な収益と費用および利益(税務上では益金と損金および所得と表現する)さえ分かっていれば良いので、極論してしまうと、細かく自社について把握する手間は無くても構わないのである。

しかし、それでは自社の正しい事業性評価や業績評価ができず、経営者の重要な任務である意思決定に有効な経営情報を収集することも難しくなってしまう。

詳しくはここでは割愛するが、会計をどのような観点で使う・利用するかを、このようなCVP分析や損益分岐点を求めることによって、再度考えてみる機会にしていただけると、より良い経営意思決定に資する管理会計が出来上がっていくのではないかと思っている。

[ポイント3]固定費の予算管理に役立てる

比較的小規模な会社では予算管理などが行われることは決して多くはないものと思われる。

毎期、安定的に一定の利益を残していくことによって、いずれその小規模だった会社が成長し、外部から受けるリスクに強い会社へと変わっていくのだが、そうなっていくためにも、必要な売上目標や利益目標を必ず達成できるような経営体質・組織体質を作っていくことは非常に重要ではないかと考える。目標を達成すること・達成に向けて取り組んでいくこととは、必ず組織力(チームワーク)を高めることに繋がるからである。

新たな事業期が始まる前に、直近期のCVP分析を行いつつこれからの損益分岐点を掴むことによって目標を確認し、必ず達成するための予算を割り出しておくことによって、社長が経営もオーナーも務める中小企業としては甘くなりがちな、年間で使える交際費などのおおまかな予算額を決めてみてはどうかと思うのだ。

例えば固定費という枠であっても、地代家賃や水道光熱費や賃借料や役員報酬や保険料などは、ほぼ期首時点での把握が可能な固定費である。これらはそう大きく変わるものではない(これらをコミッテド・コストと呼ぶ)。

同じ固定費でも特に変動しやすい性格のものが、広告宣伝費や交際費などであるだろう(これらをポリシー・コストと呼ぶ)。

この後者であるポリシー・コストは削減するというよりも、その支出する目的やパフォーマンスが重要であり、ゆえに、それらが定まっていないと意外と気づかぬうちに大きく支出してしまったりするので注意が必要である。予算枠を設けることによって、決めた範囲内での投資対効果を計測する、という意味で予算管理に役立ててみることをお薦めするのだ。

以上、今回は②入門編についてご案内した。

引き続き次回は③基礎編へとつなげ、管理会計の主な全体像などについてご案内してみたいと思う。

つづく。